ラファ、破壊の嵐。。。モスクまでも壊された
(本当は通信にして出すべきなのかもしれないが、今、その余裕がどうしてもないので、ここにわかっていることだけでも書き留めます)16日、トム・ハンドールさんの追悼ウォークがラファで子どもたちを中心に無事行われたが、その報告のなかにモスクが破壊されているということがちらりとあった。トムが撃たれた日、モスクに礼拝に行く人たちが銃撃をたびたび受けるので、監視のためのキャンプを張ろうとしていたことを思い出す。ラファを知る人は「え?本当?あのモスクが……」と絶句していた。14日からの「イスラエル軍ラファ破壊日誌」とでもいうべきものをごく簡単にまとめてみる。***
14日 ラファ難民キャンプのブロックO地区で10軒の家が破壊された。5人が撃たれ、そのうち3人が子ども。大人のひとりは頭部と足に重傷を負っている。救急車が近づくことが雨で道が浸水したため、難しかった。
16日 ラファ北西のアル・オライバ地区で3軒の家に住む31人をイスラエル軍は立ち退かせ、家を破壊した(そのとき、3人がひどく殴られた)。また、9つの温室が建てられていた9ドゥナム(9000平方m)の農地がブルドーザーで削られ、消滅した。
17日 ラファ難民キャンプのブロックL地区にイスラエル軍が侵攻。無差別の砲撃を繰り返す。10人が住む家が破壊された。持ち物を取り出す時間は与えられなかった。この日、アル・タウヒッド(al-Tawhid)モスクも破壊された。
18日 午前3時、イスラエル軍はエジプト国境近くのクシュタ地区に移動して、攻撃を続けた。2軒の家が完全に破壊され、3軒が部分的に壊された。ここには7家族34人が住んでいた。
(以上、ムハンマドのレポートおよびPCHRのレポートより)
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さらに20日付けで届いたばかりのPCHR(パレスチナ人権協会)レポートより:
「今日の早朝、400人の家族が家から避難するようにさせられ、25軒の家が破壊された」
今朝、再度クシュタ地区にイスラエル軍が侵攻し、無差別の砲撃、銃撃を繰り返し、10軒の家を完全に破壊し、15軒を人が住めない状態まで壊した。住民は持ち物を持ち出す時間も何も与えられなかった。
さらに19日にはデイル・アルバラーの10人家族の家と土地に没収命令がだされた。さらに軍の施設を作るためだと言われたという。
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ハアレツ電子版に載ったばかりの記事でも、20日のラファへの侵攻を少し載せていた。こちらによると、パレスチナ人3人が銃撃で怪我を負ったとある。そして、ラファ市長の言葉を引用して「30軒の家が破壊され、400人が家を失った」と書いている。(PCHRよりこちらのほうが時間的に後に書かれたと思われる)
ハアレツで読める破壊の描写──「取り乱した住人はマットレスや毛布を二階の窓から投げていた。まるで、壁が降ってくるようだった。ひとりの女性はブルドーザーから数十センチのところに立ち、白い布を(兵士に向けて)振っていた──破壊のスピードを遅らせ、家財を持ち出す時間を作ろうという彼女の試みは無駄に終わったが。その傍らでは女の子が泣きながら、マットレスを運ぶ母親を助けていた」
|| コメント(0)| Track back(0) | 2004-01-21
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