女性への性的拷問について イラク・パレスチナ
イラクの刑務所で行われている拷問が占領者たちによる組織的なものだったことは明白になってきているが、ブッシュやブレアは「一部の不届きもの」を成敗して切り抜けようと必死だ。それにしても、全体としてヒドイことには変わりがないが、女性が受けている性的な(レイプを含む)拷問について、言及したものをほとんど見ない。未整理だけれど、ちょっと、このことを考えてみたい。いくつかのブログで、私は「ムスリムにとってのショック」ということを書いた(「フセインからの怒りのメール」など)。これについて、イスラームを強調しすぎた部分があったのは確か。ムスリム/ムスリマでなくても、ここ日本にいる私にとっても、今回暴露された写真や事実はショックだった。
友人からも指摘を受けたが、たとえば軍内部での女性兵士への性的暴行は(宗教に関係なく)明るみに出ることが少ないという事実に見られるように、被害を受けた女性が声をあげるのは非常に難しいことに私も頷く。
パレスチナでも長いこと、拘束されている人々への拷問が常態化していて(内容的にはイラクで行われていることに近い)、女性の拘束者が性的な拷問を受けているという噂もずっと聞いてきた。ただ、私が実際に知っているのは1件だけ。イスラエル兵士から受けたレイプを公言した有名な女性闘士の話だけだ。その人の毅然とした態度は表向きには賞賛をされた。だが、実際のところ、女性が拘束されると、「もう結婚はできないね」とする雰囲気がパレスチナにあると聞いた。(これが、私にはとてもむかつく部分だ。)
肉体的にも精神的にも傷を受けた本人にさらに「声をあげないとダメ」とは私はとても言う気になれない。ただ、今回のように、米軍、英軍の内部から、証拠がでてきている場合は、外にいる私たちがその犯罪を問うていくことができるのではないかと思う。
ふと思う。タリバーンがアフガニスタンを支配しはじめてから、「女性への抑圧だ」とタリバーンの排除を訴えていた米国のフェミニストたちは今、どうしているのだろうか、と。(アフガニスタンの場合は、非常に複雑で、タリバーンが独自の女性蔑視を強固に持った人々なのは間違いないが、同時にタリバーン席巻前に吹き荒れていた北部同盟などの兵士たちによるレイプが無くなっていたこともまた事実。今、また、アフガニスタンの女性の状況は悪化しているという)
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イラクからリバーさんはインターネットで見られる拷問の写真について、こう書いている。
「私は、あの写真がそこになかったらという願いと全世界が見ることが重要であるという想いとの間で引き裂かれている。」
http://www.geocities.jp/riverbendblog/
「とにかく出ていって…」(5月7日)
これは拷問の写真すべてについての言葉なのだけれど、この思いはよくわかる。そこに映っている人は「知らない誰かさん」ではなく、自分だったかもしれないという視線がここにある。
女性への性的拷問を思うと、全身の血が逆流する思いがするのも、それは(イラクやパレスチナの)「誰かさん」ではなくて、自分や自分の姉妹や、友人かも知れないという思いが根底にあるからなんだ。少なくとも、たやすくそういう目に遭わされるという立場を生きていると感じているからなんだろう。
女性への性的拷問について、発言している人が少ないことは、結局は、男性がメディアの中心にいることと重なるのだろうな…とそんなことも少し考えた。(というわけで、未整理ながら、書いてみました。まだ、今後も考えていきたいことです)
|| コメント(2)| Track back(0) | 2004-05-10
| ■ アムネスティから「女性への暴力を止めるためのキャンペーン」 | |
| http://www.incl.ne.jp/ktrs/aijapan/2004/0403050.htm お知らせしてくれた人がいて、アムネスティ・インターナショナルが「女性への暴力を止めるための世界キャンペーン」をしていると知った。 「これは、どこかでたまたま起こったというようなことではない。今ここで起こ っていることなのだ。どこかの他人に起こっていることではなく、あなたや、あな たの友人、家族に起こっていることなのだ。男性、女性とを問わず、私たちすべて が、「二度とこの暴力を起こらせない」と言うまで、この暴力が止まることはない。 」(アイリーン・カーン事務総長) この言葉には本当に同感。 | |
| ビー (2004-05-11 18:10:05) |
