イスラエル人たちからの証言 村での蛮行
ベイト・スリーク村のとなり、ビドゥでイスラエル軍の攻撃にあった、イスラエル人たちから証言がでているので、グッシュ・シャロームのサイトから簡単に紹介。──『地獄だった。兵士たちは間断なく撃ってきた。私の目の前でデモに参加していたパレスチナ人が殺されるのを見た』と語ったのは、イスラエルの平和活動家──以下、「An Israeli Voice Against The Fence」(Press release 26/02/04)グッシュ・シャロームのサイトより。(あらまし)
「恐ろしかった。地獄だ。兵士たちは容易に銃撃してきた。目の前のデモ参加者が額を撃たれて、血を流しながら倒れた。そして、数分後に死んだ」と語るのは「壁に反対するアナーキスト」グループのヨナタン・ポロック。他のところと同じように「壁」で村の大半の農地と切り離されてしまうビドゥ村での「壁」抗議行動に参加した活動家のひとりだ。
他の活動家はこう語った。「こんな残酷な仕打ちは見たことがない。朝、村の何千人もの人々がブルドーザーの進路に行って、座り込んだ。彼らのオリーブの木が根こそぎにされないようにだ。それから、巨大なブルドーザーがそれぞれ50人ずつの兵士に付き添われてやってきた。連中は村びとを襲い、容赦なく殴り、村への道のほうに追いやった。村のなかで本当の戦闘が始まった。
村の若者たちが兵士に石を投げはじめ、軍は催涙弾で応酬したが、まもなく実弾を撃ち始めた。兵士は村の中央にある建物をひとつ占拠して、その屋上から人々を撃ち始めたのだ。
私たちは診療所に行って、手助けしようとしたが、負傷者は途切れなく運ばれてきた。少なくとも70人か80人。2人が実弾で殺された。他に年輩の男性が家に投げ込まれたガス弾によって、心臓発作を起こし、死んだ。若い青年は頭部にラバーコート・メタル弾を受けて、重態となった。
この人たちのたった一つの「罪」は彼らが何代も引き継いできた土地とオリーブの木──生活の唯一の手段──を守ろうとしたことだ。
今、確実にはっきりしていることは、パレスチナの領土奥深くに建てられているこの「壁」は、安全とは何の関係もなく、抑圧と占領の新たな方法だということだ。」
イスラエルの平和活動家と外国人は、明日もビドゥに行き、葬列に参加し、村びとたちの「壁」屁の闘いをサポートする予定だ。
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(文字化けが数カ所あって、わからないところをぬかした)
写真は(なぜか、イタリアのインディ・メディアのサイトなのだけれど)以下に。
http://italy.indymedia.org/news/2004/02/489182.php
|| コメント(0)| Track back(0) | 2004-02-28
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