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チェーンを振り回し、アラブ人を追い回していた男

パレスチナ政治犯たちが無期限ハンストの宣言をしたことに対し、「(ハンストを続ければ)餓死だってするだろね」発言で世界の脚光(?)を浴びたイスラエルのツァヒ・ハネグビ大臣の過去を、イスラエルの平和団体、グッシュ・シャロームのウリ・アブネリが最新の文章で暴いた。学生のときにハネグビは自転車のチェーンを振り回して、アラブ人狩りをしていた様子を写真に撮られ、悪名をとどろかせたのだという。

その写真を雑誌に掲載したのが、ウリ・アブネリ本人だったということもあって、ハネグビが右派の学生活動家だったときのことはアブネリの記憶に鮮明に残っていたようだ。このような「アラブ人狩り」の様子は1930年代にポーランドやドイツで行われていたこととほんの少ししか変わらないとアブネリは言う。少しだけ変わった部分があるとすれば「追われていたユダヤ人」が「追う側になったこと」だとアブネリは痛烈に書いている。

アブネリに言わせれば、エレガントなスーツに身を包み、「大臣」という肩書きを持った今のハネグビは、結局は昔のままだという。自分の責任を放棄した「餓死するだろね」発言だけではなく、パレスチナ人囚人の待遇を悪化させた政策はハネグビに起因していて、ハネグビが指名した刑務所部門のディレクターが、パレスチナ囚人たちにより過酷な待遇をしくようになったという。

囚人たちのハンストの根本的な原因をアブネリは「イスラエルの発明品、「一方的な戦争」にある」と書いている。("Its basic cause is a particularly Israeli invention: the one-sided war.")

この文章の後半は「テロリスト」と兵士の違いはどこにあるのか。それらを人々をどう扱うべきなのか、べきでないのか、ということを述べていて、ここでちょろっと触れるのは無理。

そのなかに書いてあった興味深い話。イスラエル建国前に、委任統治をしていた英国に対し、ユダヤ人たちは地下ゲリラ組織を作り、ホテル爆破などの「テロ」行為──当人たちの意識では独立闘争──をしかけていたのだが、このような活動で捕まったユダヤ人ゲリラを英国は戦争捕虜とは認めなかったものの、実質的には戦争捕虜の扱いをしていたのだそうだ。

そして、このような囚人のなかにハネグビ大臣の母親であるグエラ・コーヘンも含まれていて、病気になったときには英国の手で病院にまで運ばれたという。ここでコーヘンはアラブ人の助けを借りて、即刻逃走した!

この文章の全文は
http://www.gush-shalom.org/archives/article318.html
A Very One-Sided War
Uri Avnery
21.8.04


|| コメント(0)| Track back(0) | 2004-08-24


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