ニューオリンズからハーグを見守る
これはちょっと異色の「壁」関連記事。『ディアスポラ』(離散)といえば、ユダヤの人々の代名詞だったが、今ではパレスチナ人も世界各地に離散している。その離散パレスチナ人のひとり、ダイェーさん(50)は70年代にパレスチナからニューオリンズに移住してきたビジネスマン。エルサレムの北にあるアナン村に今でも35エーカーの土地を持っているが、その土地がイスラエルの隔離壁建設によって失われようとしている。代々引き継いできたダイェーさんの農地では、今はいとこたちがオリーブやブドウやイチジクを栽培している。このベイト・アナン村からニューオリンズに移住してきた人はダイェーさんによれば、300人。全国(全米?)には2500人いるのだそうで、そのほとんどの人が「壁」によって影響を受けることになってしまった。
「壁によって、取り上げられる農地は村の3分の2に当たる8000ドゥナム(2200エーカー)で、私は農地が「壁」の向こう側に行くグループになっているのです」
ハーグでの国際司法裁判所での審理をじっと見守っているダイェーさんらグループだが、米国で訴訟を起こすことも考えているのだそうだ。だが、他国の政府を訴えるというのは、容易なことではないとアドバイスを与えている人権弁護士は言っているが、それでもダイェーさんは「私たちはできる限りのことがしたいのです。もう、明日か、明後日にでも工事は始まってしまうかもしれない。私たちは以前にもイスラエルによって土地を失っているのです」と語る。
それにたいし、イスラエル大使は「土地の弁償はするし、土地へのアクセスもできる。パレスチナ人を不幸にするためにやっているのではないのです。それでも不満なら、訴えたらいいでしょう」と言っている。
(AFPより あらまし)http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story&u=/afp/20040222/ts_afp/us_mideast_icj_barrier_040222032906
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ここにはちゃんと書いていないが、ダィエーさんの両親がニューオリンズにやってきたのは、1968年だということで、この移住は第3次中東戦争によって、パレスチナがイスラエルの占領下に置かれたことに関連したものだということ。それがダイェーさんの言う「以前にも土地を盗られた」ということなのだろう。
パレスチナには米国に移住した人たちが続々と戻ってきている「やたらアメリカナイズされた不思議な村」があるのだと人に聞いたことがある。「いつかは帰る場所」と思っていたところを失うというのも、また、辛いことなのだろう。
|| コメント(0)| Track back(0) | 2004-02-26
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