アナーキストたちのトホホな一日
『国防省への道を塞がれ、警察で一夜を明かす』というタイトルで、イスラエルの『壁に反対するアナーキストたち』グループの話が届いた。これが笑ってはいけないのだけれど、どこかちょっと面白い話だったので、かいつまんでここに。23日、ハーグ国際司法裁判所で「壁」審理が始まった日、『壁に反対するアナーキストたち』グループはヨルダン川西岸のデイル・エル・ラスン村での壁抗議デモに参加しようと、バスを仕立てて十数人で朝、テル・アビブを出発した。
まずは活動家たちの到着を待っている間にバスの運転手が私服警察の尋問を受け、「そのルートは取りやめるように」という警告を受けた。バスが発車したときには、すでに刑事がオートバイで尾行し、やがて、何台ものパトカーが加わった。
バスはグリーン・ラインを超え、西岸地区に10キロ入ったところで警察に止められた。「戻るように」と命令を受けるその横を入植者たちの車がびゅんびゅん通り過ぎていく。「ここは軍事封鎖地区だ」と警察。「あの車たちは?」「お前たちには関係ない」ということで、仕方なく、バスは他のルートに。
道を変えて、今度はカルキリヤの近くまで行ったが、やはり警察に止められた。議論をしているうちに、携帯電話が鳴った。「もう、デモは終わっちゃったよ〜」と待っていた村びとたちから。歩き始めてすぐに兵士たちから催涙弾で蹴散らされて、解散になったという。とほほ。
フラストレーションが溜まるばかりの一日をアナーキストたちは新たなプランで行動の建て直しをはかった。「そうだ!テル・アビブの国防省にいこう!」
国防省の近くはまたもや警察が山のようにいて、近づくのをブロックしていたので、アナーキストたちは、それなりに離れたところに陣取って、道の真ん中に座り込んだ。 \"The Wall - Ghetto 2004\"と書かれたTシャツを見せながら。
座り込んで5分も経たないうちに警察がやってきた。14人ばかりのアナーキストたちはパトカーに引きずられていく間、殴られ、蹴られたが、\"The Wall will fall! The Wall will fall!\"(壁は倒れる)とコーラスし続けた。このシーンは居合わせたカメラマンによって撮影されて、翌日の新聞に載った。
こういうときの通常と違い、アナーキストたちは警察で釈放されずに、拘束センターへ連れて行かれ、一晩留置された。とほほ、その2.そして、よくあるように、何人かは警察署で殴られて、ひとりは鼻の骨を折った。とほほ、その3.
翌日、審理の前に警察は条件付き釈放を認めた。その条件とは「自宅拘禁10日」と「国防省の1キロ以内への立入禁止30日」というもの。弁護士が抗議して自宅拘禁はなくなり、「国防省の半径200M以内への立入禁止10日」ということになったらしい。(以上、アナーキストたちが語ったことをドロシー・ナオルが書き留めたものを参照)
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あまりよくはわからないが、イスラエル国内でアナーキストというのは、最も嫌がられているんだろうなと思う。それにしても、このところの「壁」反対運動を見ていると、とても元気な彼/彼女ら。少しばかりやられても、そんなに気にすることがないようだ。立場はかなり違っても、反戦団体らが行動をサポートしているような感じが見受けられて、これはイスラエル社会についてのちょっとした発見だった。上の記事もグッシュ・シャロームを通じて届けられたものだし。
「壁」に反対する人がものすご〜〜く少数者ということはあるのかもしれない。それにしても、このヘンテコな刑罰は何?「半径〜〜M以内立ち入り禁止」ねぇ。けっこう、おかしい。
|| コメント(0)| Track back(0) | 2004-02-27
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