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パレスチナ人の監獄ストーリー

1月20日に『パレスチナ人の「英語学校」』というのを書いたけど、今、読んでいるパレスチナの短編集に監獄を舞台にした面白い話があった。(この短編集は『Small Stories』と言って、ベイト・サフールで昨年刊行されたもの。フィクションとノン・フィクションの狭間と書いてあって、占領下を生きるパレスチナ人の生活や人生の断片を事実にもとづきながら、寓話のように書いた短編が収められている。クスリと笑える話も多くて、面白い。コレはどういうわけか、出版社が書いてない本で、友人がプレゼントしてくれた。(ISBN 9950-320-01-1)AMAZONとかでも買えないらしい)

さて、その短編集のなかから『ラジオ』という話をちょっとだけご紹介。

いろいろな監獄に入れられていたパレスチナ人拘束者がバスに乗せられて、どこか遠いところへ連れて行かれた。目隠しを外されると、そこはネゲヴ砂漠(イスラエルの南に位置するところ)の真っ只中。逃げ出したとしても水がなくて死んでしまうという環境で、「自分たちの生活するテントを組み立てるまで、水や食事は出ない」と言われたパレスチナ人たちは自分たちでテントを組み立て、砂漠にトイレを掘る。

こうやって(むっちゃ、安上がりだなぁ。誰が考えたんか)できあがったのが、「アンサル3」と言われているイスラエルの監獄(拘束キャンプ)。通常考える監獄とはだいぶ形態がちがう。だいたい1つのテントに25〜8人が寝起きし、そのテント群が10位集まって、1つの居住区となっている。居住区ごとが「ぐるぐる巻き有刺鉄線」で囲われて、行き来ができないようになっていて、5つの居住区で1つのセクションとなる。そのセクションが3つ。今、ざっと計算してみたら、4000〜5000人を収容できる規模だ。うん、確かに何万ものパレスチナ人を拘束するのには、合理的なのかも。

朝夕の点呼とテント内の点検を除けば、比較的自由がある(と言っていいのか?)のがこの監獄の特徴。最初はあまり組織化されていなかったが、そこに連れてこられた人々は短期で釈放されないことを悟ると、水やモノの分配などについて、規律を作り上げていった。19回も拘束されてきたベテランの活動家などが陣頭指揮をとって、政党べつに役割分担をしたり、イスラエル兵との交渉役を任命したり、キッチンを使いやすくしたり、様々な工夫を凝らしていった。差し入れのオリーブオイルや煙草や砂糖などは、倉庫に集めて、みなで公平に分配をした。日課もきっちりこしらえた。

日課には読書の時間だとか、ディスカッションの時間とか、教育の時間(この話によると、ヘブライ語教室や新聞の翻訳など)があった。「夏の暑さや冬の凍える寒さにあっても、テントの間にみなが集って、くつろいで話をしたり、歩き回るのに、夜はとてもよい時間だった」

さて、ハンストなども行って、待遇改善もはかってきたが、ひとつ、問題があった。外の世界がどうなっているのか、新入りの話を聞くくらいしか手段がないということだ。ある日、誰かが言った。「キャンプにはラジオがいる!」と。「賛成」と誰かが答えた。

で、「どこをどうしたのかはわからない」が、誰かがラジオの「密輸」に成功して、このキャンプは小さなトランジスタ・ラジオを手に入れた。誰もいつまで電池がもつか、確信がない。それにみつかったら、没収されてしまう、というわけで、ラジオはビニール袋に入れられて、トイレの中に設置され、決まった人間が決まった時間にトイレに行って、ニュースを聞くことになった(これは「義務」だったとある)。

「ラジオがやってきて、キャンプの中の生活は劇的に変わった。拘束されていた者たちはそれ以来、外の世界とつながったのだ」

聞いていたのは、ラジオ・モンテカルロ*とBBCとラジオ・イスラエル。「ニュースを聞いた」後の集いは人で溢れ、緊張に満たされた。簡単な要約は小さく紙に書き留めて、石をくるんで、隣の地区に飛ばし(「ファックス」)したりした。もちろん、やってきた情報のなかには、家族や友人が殺されたというニュースもあった。音楽が聴きたい、とくにロマンチックな音楽が、という思いも多かったが、「電池をできるかぎり節約せよ。不必要な時間につけてはいけない。いつ電池が入手できるかわからないのだから」という言葉がいつも繰り返されていて、誰も音楽を聴くことはなかった。

****

このラジオについては、その後、一騒動起こるのだけれど、それはまたの機会に。(ケチ?)ちゃんと訳して読んだ方がずっと面白いだろうから。いつか訳してみたいな。

やたら監獄体験率が高いパレスチナ人は、本当に多くの「監獄ストーリー」を持っている。そういうのを集めたら、面白い(ってヘンだけど)んだけどな。もちろん、悲しい、辛い話も多いのだけど。

*「ラジオ・モンテカルロ」は全然知らなかったので、どういうものなんだろう?と思い、友人に訊いてみた。これはキプロス近くの公海上から発信されている自由放送で、どこの政府の息もかからないことになっているらしい。(ただし、ミッション系のトランスワールドラジオと提携という話もある)。仏語、伊語のほかにアラビア語放送があるという。ナルホド。
|| コメント(0)| Track back(0) | 2004-01-29


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